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フォトアルバムから気まぐれに

名残の桜とズミルックス。

京都市内は、今年の桜もそろそろ終わりになろうとしている。
寒さがぶり返したせいで、一旦開花した桜は、満開になるまで時間がかかった。今週の月曜、火曜あたりがピークだったように思う。鴨川の上流には、美しい桜のトンネルができていて目を見張った。
今日は、市内の地味な公園をいくつか歩いて、名残の桜をズミルックスで写真に収めてみた。散り始めの桜も、風情があってなかなかよろしい。このレンズ、使えば使うほど、味があると感じる。ライカでは一番新しいズミルックスの50ミリにもかかわらず、F2.8あたりからの描写は、どこか優しくノスタルジックな雰囲気も漂わせる。被写体が桜のせいかもしれない。ともあれ、ブログにアップする画像がディティールを失うのは残念だが、ピントの合ったところの先鋭さと、その後ろのボケの柔らかさの対照が美しい。
撮って安心、写りに満足。買って損はない。まさに定評通りのレンズだ。

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# by mama-artproject | 2019-04-12 03:15

ズミルックスで大阪流し歩き。

展覧会を観たついでに、足を伸ばし、少し大阪の街を散歩してみた。前回歩いたのとはまた違うコースである。今回はノクトンではなく、ライカにズミルックス50ミリをつけている。こうしていろいろな光で撮影すると、やはりしみじみと良いレンズだなと実感する。

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# by mama-artproject | 2019-02-23 02:57

御所の傷跡。

Nikon Z6に50ミリをつけて、御所の中を散歩。昨年の台風の際の倒木が、まだ処理のされないまま、そこだけ時間の止まったように残っている。しかし2月も後半を過ぎ、季節は少しずつ春に向かっているようだ。あちこちの木の枝の先では、小さな蕾が膨らみかけている。
ちなみにこのレンズ、一時外国のサイトで「ボケがうるさい」と酷評されて話題になったが、ご覧の通り、なんの問題もない。むしろ積極的に購入すべきレンズである。

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# by mama-artproject | 2019-02-23 00:55

Leicaと変哲のないモノたち。

なぜだろうか、Leicaを使うと、「変哲のないモノ」を撮影したくなる。ごくありふれた、普段見向きもしないものにばかり視線が向かう。最近は、50ミリのズミルックスばかりで撮影している。定番レンズというのは、変哲のないものを撮影するのに、しっくりと馴染むレンズである。ちなみに知人の話では、変哲のないモノを撮影したくなるというのは、Leicaを使う人間がしばしば罹る、こくありふれた「変哲のない病」なのだそうだ。

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# by mama-artproject | 2019-02-18 02:14

ズミルックス50ミリと、明るい滅び。

山手線はいつ乗っても混んでいる。わざわざたまに帰ってくる自分もそのうちの一人であるが、なぜこんなに東京は人が多いのかと思う。混んだ車内で眼を上げると、どこかの予備校の車内広告のポスターの中で、思い詰めたような表情でこちらを睨む少年と視線が合い、イライラさせられる。最近は、車内に動画も流れていて、アイドルらしき女の子が愛嬌たっぷりになにやら喋る姿を、30歳くらいの妙に童顔の男性が、だらしなく口を半開きにして眺めている。うんざりだ。

電車を降りて、神田から神保町界隈を歩いてみた。開店前の大して名店でもない蕎麦屋の前に、寒い中、黙々と行列する人がいる。バカじゃないかと思う。撮影したい建物の前には、延々と道端に立ち止まって、スマホをいじる中年女性がいる。早くどこかに行けと思う。東京では、人間は、店に並ぶか、スマホをいじるか、ぽかんと口を半開きにして広告を眺める生き物らしい。神田周辺は土曜だというのに、あちこちで工事を行なっている。大学が移転した後、長らく空き地だった場所に、今は巨大なビルの工事現場があり、その脇には住人が移転して廃墟になったビルが並ぶ。店じまいを告げる張り紙が出ている中華料理店がある。再開発の工事の仮囲いには、どこかの写真家の撮影した「地元商店街」の人々のポートレートが微笑む。しかしその住人たちは、すでに立ち退いて、このエリアから姿を消している。そうかこれは、街の葬儀写真なんだなと思う。ジェントリフィケーションと確信犯的に結託したアート。うんざりだ。まあ、工事現場など、東京ではありふれた光景だ。ずっと昔からそうだった。そして、今も飽きずに同じことをやっている。それほど遠くない未来、東京という街が滅びて廃墟になるまで、同じことを繰り返しているのだろう。うんざりである。

こんな話をするつもりではなかった。ライカを持って街を歩いたという話をするはずだったのだ。
50ミリのズミルックスは、M6で写真を撮っていた頃、非球面になる前のタイプを一時期使っていたことがある。旅行の際に、靴下をクッション代わりにしていたせいで、帰国後うっかり洗濯機に汚れ物と一緒に放り込み、お釈迦にしてしまった。ズミルックスを洗濯機で洗った経験のある人間はそう多くはないと思う。バカじゃないかと思う。今回入手したのは、現行のズミルックスである。2004年から販売されているから、すでに15年が経過し、そろそろ新型が出るかもしれない。そんな時期に、新品で購入するのも馬鹿げた話である。そのため、わざわざ東京に来て、所有しているレンズを何本か下取りに出した。予想したよりも良い値段で引き取ってもらい、代わりにズミルックスが手に入った。

高価なものを購入する話は、人をうんざりさせるにちがいない。自分も、わざわざ知り合いに、ライカを使っていると吹聴はしない。こっそり持ち歩いて、目立たないように撮影している。自分の金で買ったからといって、高い買い物というのは、やはり恥ずかしい。そういう感覚は忘れたくないと思う。といいながら、ブログでそれを書くのはもっと恥ずべきことかもしれない。だから、とりあえずは、ちゃんと写真を撮っておこうと思う。高い買い物にふさわしい写真が撮れる、確信のあるわけでもないのだが。ズミルックスは良いレンズである。ノクトン50ミリF1.2アスフェリカルについて、懐の深い表現をすると書いたが、ズミルックスこそ、懐の深いレンズであろう。言い尽くされているように、ボケが美しく、立体感が良く出る。しかし、都市風景をかちっと映し出す力もすばらしい。歪曲もほとんど感じられない。これ1本で、様々な被写体が撮影できそうに思う。「万能レンズ」などという人もいるが、なんでも撮影できるレンズというよりも、ズミルックスというレンズの持つ「世界観」で、様々なものを見てみたいと思わせる。そういう意味での「万能レンズ」だと思う。

ズミルックスも、ライカも高価である。おいそれと買える値段ではない。マニュアルフォーカスのカメラなど、ほとんどの人は、見向きもしないだろう。値段を聞けばなおさらだ。高い買い物をしたところで、馬鹿なことをしていると思われるのがせいぜいのところである。ライカを使っているといっても、なんの自慢にもならず、人から馬鹿にされるのがオチだというのは、高い買い物を恥ずかしいと思う人間にとっては、多少なりとも慰めである。馬鹿な人間は愚かなものにハマる。開店前の蕎麦屋に行列したり、スマホをいじったり、アイドルの映像を口を半開きにして眺めている方が、よほど健全というものだ。だから今日も、恥ずかしい己の姿を人になるべく見られぬようにしながら、オリンピックという明るい滅びへと慌ただしく歩みを進める街にレンズを向けて、こっそりとライカのシャッターを押している。

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# by mama-artproject | 2019-02-05 00:48

NikonZ6と、ライカレンズのことなど。

今日はZ6を持って、昨日と同じように建物を見上げる写真を撮影してみた。主観を交えないパターン採集のような撮影行為は、たまにやってみると清々しい気分になる。いずれもNIKKOR Z 50mm f/1.8 Sで撮影。ここにはアップしないが、美術館の中で作品を撮影したところ、撮って出しで、色彩とデティールの表現が文句なしに素晴らしかった。このレンズの性能は本物である。
今でこそレンズグルメなどという言葉があるが、カメラのレンズによる写りの相違について、初めて気がつかせてくれたのは、日沖宗弘という人の書いた「プロ並みに撮る写真術」だった。このシリーズは全部で4冊出ているが、第1巻が最も良い。当時はまだフィルムカメラ全盛期だが、ニコンやキャノンが作るレンズを厳しく評価し、コダックレチナ、フォクトレンダーなどの、ヴィンテージカメラのレンズの優秀さを明らかにした。実にはっきりとものを言う人で、文章も非常に面白く、この本のもたらした影響が、その後のオールドレンズやカメラのブームを引き起こす、引き金になったと思っている。田中長徳や、赤瀬川原平の中古カメラやレンズについての薀蓄本よりも、日沖氏の著書の方がずっと早かった。コシナがフォクトレンダーブランドを復活したのも、元を辿れば、おそらく彼の再評価に発している。
日本のカメラ会社のレンズには当たり外れが多く、特に一眼レフのレンズはレトロフォーカスタイプのため、50ミリや35ミリなどの設計が難しく、だからこそ慎重に良いレンズを選ばなければならない。ライカやツァイスなどは、レンズの「味」を自在に表現する技術を持っているが、日本製はそこまで達していない。ミラーのない昔のカメラの方が写りが素直である。具体的に様々な機種名を挙げつつ書かれた指摘を読み、まさに目からウロコが落ちる気分だった。全てを鵜呑みにしたわけではないが、やがてレンジファインダーのライカを手にすることになったのは、彼の影響があってのことである。
M型ライカのズミクロン50ミリや35ミリを使用すると、彼が書いている通り、直線が直線として写る。当時から古い建物の写真をスナップしていたので、一度ライカレンズの味を知ってしまうと、一眼レフの標準レンズが使えなくなった。日常的に使用する口径のレンズこそ、最も良いものを使うべきだと、つくづく実感した。日沖氏は、時代がデジタルに移行する前に姿を消してしまったが、自分にとっては忘れがたいカメラとレンズの啓蒙家である。
ミラーレスというなら、レンジファインダーのライカは、あるいは一眼レフ以前のカメラは、すでにミラーレスだったのである。デジタル一眼レフ全盛のなかで、ライカがやや神話化されつつも根強い人気を誇っていたのは、そこに理由があった。なかなか手を出せない値段ではあるが、デジタル移行後も、ライカは自分にとってずっと気になる存在であり続けていた。
ソニーのαシリーズの登場は、フルサイズの規格で、本格的なミラーレス時代の幕開けとなったが、なぜか50ミリや35ミリという標準レンズに、ライカのズミクロンのようなレンズがない。それが不満だった。必要なのは、55ミリではなく、50ミリだ。F1.4の、図体の大きなツァイスレンズではなく、使いやすいサイズの、キレの良いF2のレンズが欲しい。しかしいつまでたっても出てこない。後にようやく発売された50ミリも、満足のいくものではなかった。
αシリーズが真のミラーレスになるには、ライカのズミクロンに匹敵する標準レンズを作らねばならない。日沖氏の啓蒙を受けた自分はそう考える。今回ニコンは、50ミリと35ミリに、ほとんど直球というべき、F1.8の完成度の高いレンズを送り込んだ。これは日本のカメラ業界がようやく生み出した、ズミクロンに匹敵する標準レンズであると思う。標準レンズは、その上にシステムを立ち上げるための土台である。この基本に立ち返り、ニコンは新たなシステムのために盤石の地盤を据えた。日沖氏なら、このレンズをどう評価するか、今こそ聞いてみたい気がする。

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# by mama-artproject | 2019-01-24 01:14

LeicaM10-Pと散歩。

約30年前、バブル崩壊した直後の東京を、あちこちほっつき歩いてはライカM6で写真を撮っていたことがある。表参道にも、廃業したアパレルショップの建物が方々に見られた時期だ。そういう建物のいくつかは、派手なポストモダンの意匠をまとっていた。元々が廃墟を模しておしゃれにデザインされたショップが、本物の廃墟になっているのは、皮肉な光景だった。だからライカというと、不景気な街を思い出す。昨年末にM10-Pを手に入れたら、またちょっと不況の風が吹きはじめたような気がする。
最近のカメラは、何を使っても良く写る。ライカだから、特別なものが写るわけでもない。アナログカメラだからこそ、それでしか見えてこないものと遭遇できるという、都合の良いストーリーは期待しない方が良い。ライカを使うのは、ある日マンションのエレベーターが故障して、階段を使って登るようなものだ。もちろん、撮影時の不自由さが、ある種の「引き算」の表現を生むという僥倖はあるかもしれない。

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(LeicaM10-P+APOズミクロン50ミリF2)



# by mama-artproject | 2019-01-23 01:35

Leica M10-P & NOKTON 50mm F1.2 Aspherical VM。

つくづく馬鹿だと自分でも思うが、実は昨年NikonZ6を購入する前に、LeicaM10-Pも入手していたのだった。この2機を交互に使いながら、前回までの記事を書いていたわけで、Nikonが新システムを導入するにあたり、ライカを意識したのではないかというのは、自分の実感に基づいている。
ライカについては、無数のブログもあるので、この上さらに何かを付け加えるつもりはない。カメラとしては、さして突出した機能があるわけではない。しかし、使い始めるとすぐに、30年近く前にM6を初めて手にした時の感触が蘇ってきた。デジタルで、この感覚をもう一度味わうまで、何年待ったことだろう。それだけで自分には価値のあるカメラである。
フィルム時代のライカレンズも幾つか手元に残していたが、M10-Pの購入に合わせ、新たにフォクトレンダーのノクトン50ミリF1.2を購入した。ネットでは先に発売された40ミリの評判が高いようだけれど、50ミリも、期待に違わぬ懐の深い表現をするレンズである。開放で柔らかなボケを見せるとともに、肩の力の抜けたような色合いになり、素のままで、エフェクトがかかったような絵が出来上がる。周辺は落ちるが、画像が流れることはない。中央は極めてシャープであり、うまくハマれば、古い映画のワンシーンのような雰囲気のある写真になりそうだ。もちろん絞れば隅まで明るくシャープで、現代的な写り。やや重く、しっかりしとした作りだが、その男性的な外見とは裏腹に、女子ウケ(?)のする優しい表現のできるレンズなのは面白い。
このレンズに関しては品薄のせいか、あまり他にレビューが見当たらないので、相変わらず出来の悪い写真を何枚かアップしておく。空の写真以外は、ほぼ全て開放付近での撮影である。

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# by mama-artproject | 2019-01-16 00:10

Nikon Z6 さらに続く。

Nikon Z6と50ミリの写りにすっかり虜になってしまった。軽いので、毎日出かける時に持ち出している。曇り空でも、夕刻でも、屋内でも、戸外でも、どこで撮影しても安定した性能を発揮する。この50ミリは、つくづく質感表現に優れたレンズである。単なる自己満足に過ぎないが、何枚かアップしておく。

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京都の冬を彩るのが、南天の赤い実だ。「難を転じる」という験を担いで、住宅や商店の前に植えられているのを方々で見かける。これは茶道具の店の前で見つけたもの。赤と緑の混ざった、葉の部分の豊かな色合いが素晴らしい。


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外壁の塗装だろうか。通りがかりの工事現場を撮影。オリンピック景気がこちらにまで及んでいるせいか、方々で古い町家が壊され、こんな風に隣の家の壁がむき出しになっている姿を見かける。曇り空の下、ゆっくり歩きながらの撮影だったが、全く手振れをしていないのに驚く。一見愛想のない壁には、よく見るとグレーの中の細かいニュアンスが捉えられている。


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昔の銭湯を改装したカフェ。古いタイルの模様が美しい。夕方5時を回り、さほど明るくなかったが、独特な空間の質感を、シャープかつ生き生きと描き出した。ピントが合ったところのタイルは、一枚ずつ、濡れたような艶を帯びて写っている。


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同じカフェの外観。古い建物の窓枠やガラスの質感を余すところなく表現している。重たくなりすぎず、さりとて軽くもならず。ニュートラルでいて、実在感のある写りだ。夕方の時間帯で、ここまで写れば何の文句もない。


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門松の根本にも南天の実が施されていた。一つ一つの実に、浮き立つような立体感がある。


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運動公園のライトを背後から浴びて、光のハロを帯びた植物。何気ないものを撮影しても、美しい絵にしてしまう力がある。


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寒さが厳しい。建物の側面に取り付けられたダクトから、白い湯気が上がっていた。窓の光を透過した蒸気の柔らかい膨らみを、実に自然に捉えている。

# by mama-artproject | 2019-01-11 00:30 | カメラ

Nikon Z6 続き。

ニコンZ6と24-70ミリズーム、50ミリレンズを持って、身近な場所を撮り歩いている。ベールを一枚剥いだように、見慣れた日常の風景がハッとするような姿を見せる。あまりに簡単すぎて、ちょっと空恐ろしくなるほどだ。イージーモードで撮影しても、ある程度の結果が出てしまうので、これではいかんと、かえって真剣に写真に向き合う気にさせる。ブログにアップすると、鮮明さを欠いてしまうのが残念だが、写真はいずれもシャープネスと色彩が素晴らしい。ズームも単焦点も、直線がきちっと出る。都市風景を撮影する機会が多いだけに大変に嬉しい。このカメラとレンズの性能は、前回の記事のタイトルではないが、決して「夢」などではない。まさに「正夢」である。

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24ミリ・F4 ・ISO360・1/60

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53ミリ・F4・ISO100・1/60

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43ミリ・F4.5・ISO100・1/60

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24ミリ・F4・ISO640・1/25

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50ミリ・F1.8・ISO100・1/1000

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50ミリ・F2・ISO360・1/60

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50ミリ・F2・ISO125・1/60

# by mama-artproject | 2019-01-10 01:43 | カメラ